上野の西郷隆盛像は別人?妻が叫んだ衝撃の発言と制作裏話に迫る
西郷 隆盛 銅像は、東京・上野恩賜公園のシンボルとして100年以上にわたり親しまれてきた。しかし、そのお馴染みの姿には、歴史ファンすら唸らせる奇妙な「謎」とドラマが隠されている。西郷隆盛といえば、薩摩藩の英雄であり、明治維新を成し遂げた最大の功労者の一人。だが、公園を訪れる人々の頭上で見下ろすその顔は、実は本人の顔そのままではない。
大正から令和、そして2026年の今日に至るまで、観光客や歴史好きの視線を集め続ける西郷 隆盛 銅像だが、1898年の除幕式において、連れ添った妻・糸子が思わず叫んだ一言がすべての波紋の始まりだった。維新の英傑の肖像をめぐる真実とは何だったのか。
「うちの人は、こんな人じゃない」除幕式で妻・糸子が放った衝撃の一言
1898(明治31)年12月18日、冬晴れの上野恩賜公園。幕が引かれ、巨大な銅像がお披露目された瞬間、静寂を破ったのは称賛の拍手ではなかった。傍らに立っていた西郷の妻・糸子(いと)のつぶやきである。「うちの人は、こげんなお人じゃなか(主人はこんな人ではありません)」——。周囲の政府高官らは一瞬で凍りついたという。
妻が驚愕したのも無理はない。彼女が知る夫は、人前でラフな浴衣姿を晒すような男ではなく、何より顔の造作が記憶の中の夫と大きく異なっていたからだ。英雄を称える祝福の場は、一転して「似ている・似ていない」の大議論の場と化した。
写真嫌いが招いた混迷!キヨッソーネの肖像画と弟・従道がモデルとなった裏側
なぜ本人の顔と違っていたのか。最大の理由は、西郷隆盛が無類の写真嫌いだったことにある。明治政府の要人たちがこぞって写真を残す中、西郷は一枚の生写真すら残さなかった。暗殺を恐れたためとも、単に照れ屋だったからとも言われる。
困り果てた政府が頼ったのが、お抱え御用絵師のお雇い外国人、エドアルド・キヨッソーネだった。彼が描いた有名な肖像画は、西郷の弟である西郷従道と、従兄弟の大山巌の顔パーツを組み合わせて作った「イメージ画」に過ぎなかった。彫刻家たちも、このキヨッソーネの画をベースに立体化せざるを得なかったのだ。
天才彫刻家・高村光雲の葛藤と愛犬「ツン」に込められた職人魂
この難工事を引き受けたのが、近代日本彫刻界の巨匠・高村光雲である。本人の写真が存在しない中、光雲は親族の面影や証言を必死にかき集め、苦心の末にあの骨太で温かみのある表情を作り上げた。
さらに、西郷の傍らで凛と立つ愛犬「ツン」も見逃せない。実はこの犬の像は、動物彫刻の大家・後藤貞行が手がけたものだ。薩摩犬のツンはすでに死亡していたため、鹿児島からわざわざ別の薩摩犬を連れ寄せてスケッチしたという。巨匠たちの徹底した職人魂と熱量が、単なる記念碑を超えた芸術作品を生み出した。
明治政府と薩摩藩の意図:なぜ軍服ではなく浴衣姿で上野恩賜公園に立ったのか
西郷像といえば、草履を履き、胸元を寛がせた浴衣姿で兎狩りに向かう姿が印象的だ。しかし、陸軍大将であった西郷を、なぜ威厳ある軍服姿にしなかったのだろうか。
背景には、明治維新後の複雑な政治情勢があった。西郷は西南戦争で明治政府に反旗を翻した「賊軍の将」として命を落とした。その後、名誉回復を果たしたとはいえ、陸軍の軍服を着せることには政府内や旧薩摩藩関係者の間で強い抵抗感があった。結果として、「市民に愛された自然体の西郷どん」を描く道を選んだ。上野恩賜公園という庶民の憩いの場に建てられた背景には、国家の和解と親しみやすさを演出する狙いがあった。
大河ドラマ『西郷どん』から歴史ドキュメンタリーまで!再評価される明治維新の英雄
銅像にまつわる人間ドラマは、現代のメディアシーンでも繰り返し取り上げられている。大河ドラマ『西郷どん』では、西郷の波乱に満ちた生涯や肖像画をめぐるエピソードが瑞々しく描かれ、放映後も多くの視聴者を惹きつけた。
現在でもNHKオンデマンドをはじめとする動画配信サービスでは、西郷を扱った歴史ドキュメンタリーや史実ドラマの視聴数が高く推移している。史実と伝承の狭間で揺れる彼の人間味あふれる姿は、時代を超えてクリエイターや歴史ファンの創作意欲を刺激し続けている。
歴史コンテンツ・観光業界が熱視線!最新調査で読み解く西郷隆盛像の新たな価値
近年、歴史コンテンツ・観光業界において、上野の西郷隆盛像は単なる観光名所を超えた「物語体験型スポット」としてスポットライトを浴びている。スマートフォンをかざすと、高村光雲の制作背景や妻・糸子の証言が音声ガイドで流れるデジタルツアーなど、新しい観光体験が次々と登場している。
「本物そっくり」で作られた像よりも、「なぜこの顔になったのか」「なぜこの服装なのか」という謎とストーリーがあるからこそ、現代人の探究心を刺激する。2026年最新の歴史調査や展示企画でも、銅像を起点とした明治維新の再解釈が進んでおり、上野恩賜公園の西郷隆盛像は、今なお生き生きとした歴史の証人として我々に問いを投げかけている。 (出典: 西郷 隆盛 銅像(Yahoo!ニュース))